沖縄旅行の凄さ
A君の弟が数日前に行方をくらました。
行き先はどうも山らしい。
遭難の可能性もあるというので、心配したA君は山まで行って弟の消息を調べたいのだが、なにしろ登山のことは分からないので、誰か山に詳しい人に同行してもらいたいという。 デカさんとピンちゃんと私の三人は、その日のうちに中央線の客になっていた。
もちろん、弟の安否を気遣うA君も一緒である。 信濃四ツ谷で降りた四人は、駅に置いてあった入山の頁をめくってみたが、A君の弟の名前はなかった。
相談の結果、その日は鑓温泉まで登ってそこに泊まり、翌日白馬の主稜線を歩いてみようということになった。 稜線の小屋で聞けば、なにかつかめるであろう。
夏の終わりで、登山者はほとんど目につかなかった。 午後、鑓温泉まで登ったが、小屋の宿帳にA君の弟の名前はなかった。
日本で一番標高の高い温泉の、露天風呂につかっている間に日は暮れ、ガスが立ち込めてきた。 私たちのほかには、若い女の登山者が二人泊まっているだけだった。
翌日、主稜線まで登った。 黒部の谷をへだてて立山と剣岳がみえた。
稜線の小屋の宿帳にもA君の弟の名前はなかった。 それらしい人物が泊まったという話も聞かなかった。
ピンちゃんが、眼下に横たわる黒部の谷を指差していった。 次の日、釈然としない思いで、四人は山を下った。
彼は、本当に山へ登りに来たのであろうか。 A君の話によると、弟は自殺の可能性もあるという。
横槍を入れた。 た。
その記事を読んだ私は、なんとなく、A君の弟は黒部の谷へ消えてしまったのだと思い込んでしまった。 それから四、五年経ったある日、A君から印刷されたハガキの通知状が届いた。
彼は大学の助教授に昇格したと、活字で打ってあった。 余白にペンの走り書きがあった。
黒部で死んだはずのA君の弟は、生きていたというのだ。 それならそれで、もっと早く知らせてくれてもよかったのではないか。
一緒に捜索に行った私たちに、なんにも知らせてくれないのもけしからん話ではないか。 私はちょっと失望した。
やはりピンちゃんが仮定したように、A君の弟には、黒部のH始林に迷い込んだままでいてほしかった。 私は想像していた。
A君の弟は失恋なんかで死だんじやないと。 私にとって、彼は、死ぬべき運命の星の下に生まれた人物でなくてはならなかった。
芥川龍之介や太宰治のように、その青年にも、時代の不安を背負って自殺していてほしかった。 彼は生きていたというのだ。
仕方あるまい。 私は、ハガキに書き込んであった事実をデカさんにもピンちゃんにも知らせないままでいた。
私たち三人は、昔のように頻繁に会うことはなくなっていた。 デカさんは名古屋市の栄にビルを建て、その経営に忙しくなったし、ピンちゃんは本拠地を京都に移して、登山靴の輸入私は横浜で三年間、形成外科の修行を始めた。
彼らにたまに会うことはあってもの弟の話を思い出すことはなかった。 私のほうでA君 年月はさらに過ぎた。
もはやA君やその弟のことを思い出すこともなくなっていたある日、ハガキがきた。 前と同じ印刷された通知状であったが、発信地は名古屋ではなかった。
名古屋から千キロ以上北にある都市からであった。 A君はそこにある国立大学の医学部の教授になっていた。
ハガキの余白には、前と同じようにペンによる書き込みがあった。 度こそA君を訪ねて弟の話を聞き出してみたいと思った。
それをせぬまにまた五年が過ぎてしまった。 A君からのハガキは未決箱に入れたままになっていた。
ここまで書いてきて、私なりにこの問題に決着をつける必要があると考えた。 私は、まずA君に電話しようとして、ダイヤルに手を伸ばしたがその于を止めた。
電話して夢が破れるのはよくない。 A君の弟はあくまで自殺だ。
彼は、経済至上主義の腐敗した社会に順応することを拒否した結果、死を選んだのである。 彼を現代のヒーローとしておこう。
ピンちゃんは不在だった。 デカさんのダイヤルを回すと、本人が電話を取った。
要するにデカさんは写真家になったのである。 昔から山と写真の好きだった彼は、いま『天山』という写真集を出版した。
テレイ屋の彼は、自分が写真家になったとはいわないだけだ。 私かアコンカグアへ行った一九六四年、デカさんはシルクロードへ深田久弥氏と行った。
その後も何回か中央アジアへ足を伸ばしたのであろう。 私か彼と白馬へ行ってから、二十数年の歳月が過ぎている。
デカさんもピンちゃんも私も、どちらかといえばアウトサイダーである。 世の中に、喜んで全面順応する型の人間ではない。
最も脂の乗りきった一九四〇年代に書かれた話で、名探偵ポアロの最後の事件である。 クリスティーは、この作品を発表した翌年に死んだ。
例のごとく情事にからむ殺人の話だが、メロドラマを上手に語る作者の才能によって、面白く読ませる。 その『カーテン』のなかに死に神が出てくる。
この場合の死に神というのは、他人の子不ルギーを吸い取り、他人に事故や失敗を起こさせる人間のことだ。 登山家でいえば、遭難に遭って仲間は死ぬのに、自分はそのたびに生きて還るような者のことだ。
前述の『カーテン』の登場人物中の死に神に対して名探偵ポアロが、この法にふれない犯罪者をどのように処理するかは、読んでのお楽しみとしておこう。 法律にふれない犯罪というのは、本当の犯罪より分かりにくい分だけ、たちが悪い。
犯罪というのは、言葉のうえでは法律にふれるもののことを意味している。 法律にふれない犯罪とは、道義上の概念である。
弁護士や宗教家や医師のなかにその種の犯罪者はいくらもいるし、なんといっても政治家や役人のなかにはごまんといる。 彼らによって友情は失われ、家庭は破壊され、国は滅びる。
話を本題にもどして、私の過去の登山歴を思い起こすと、死に神は六人くらいいた。 実名をあげるわけにはいかないが、日常生活に応用して損になる話ではないので聞いてほしい。
学生時代のことだ。 下級生にTという男がいた。
Tはなんでもない登りでは馬力のある男であったが、困難に直面するととたんに力が抜けて意志薄弱になる性格だった。 困難な雪稜や岩場で行動力を失いかけたことも何度かある。
無気力になったTの首根っ子をつかんで、やせ尾根の上まで引き上げたことも何度かあった。 結局、私は彼を山岳部から除籍にした。
こうした処置の真意は、下級生たちには理解されていなかったようだ。 私か卒業によって山岳部を去ったあと、Tは復部した。
案の定事故を起こした。 岩場の途中で動けなくなったのである。
先頭が安全地帯へ抜けてしまい、二番目のTはロープで上から確保されていたにもかかわらず、突然、動けなくなった。 ブルーシック結びでロープを登る方法も、それを実行するための予備ロープの輪を持っているべきだということも、私がたたきこんでおいたのに。
Tは生き残った。 死んだのはTを助けるために、下から岩を登っていったNだった。
Nは優秀なクライマーだったが、Tのいるテラスの直下まで登ったとき、どうしたわけか墜落した。 落下距離はせいぜいI〇メートルだったのに、頭に陥没骨折を受けたNは、不運にも死んだ。
私か驚きあきられたことは、生き残ったTがケロリとしていることだった。 自分を助けるために仲間が一人死んでいるのに、Tは悲しんでさえいなかった。
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日本で一番標高の高い温泉の、露天風呂につかっている間に日は暮れ、ガスが立ち込めてきた。 私たちのほかには、若い女の登山者が二人泊まっているだけだった。
翌日、主稜線まで登った。 黒部の谷をへだてて立山と剣岳がみえた。
稜線の小屋の宿帳にもA君の弟の名前はなかった。 それらしい人物が泊まったという話も聞かなかった。
ピンちゃんが、眼下に横たわる黒部の谷を指差していった。 次の日、釈然としない思いで、四人は山を下った。
彼は、本当に山へ登りに来たのであろうか。 A君の話によると、弟は自殺の可能性もあるという。
横槍を入れた。 た。
その記事を読んだ私は、なんとなく、A君の弟は黒部の谷へ消えてしまったのだと思い込んでしまった。 それから四、五年経ったある日、A君から印刷されたハガキの通知状が届いた。
彼は大学の助教授に昇格したと、活字で打ってあった。 余白にペンの走り書きがあった。
黒部で死んだはずのA君の弟は、生きていたというのだ。 それならそれで、もっと早く知らせてくれてもよかったのではないか。
一緒に捜索に行った私たちに、なんにも知らせてくれないのもけしからん話ではないか。 私はちょっと失望した。
やはりピンちゃんが仮定したように、A君の弟には、黒部のH始林に迷い込んだままでいてほしかった。 私は想像していた。
A君の弟は失恋なんかで死だんじやないと。 私にとって、彼は、死ぬべき運命の星の下に生まれた人物でなくてはならなかった。
芥川龍之介や太宰治のように、その青年にも、時代の不安を背負って自殺していてほしかった。 彼は生きていたというのだ。
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もはやA君やその弟のことを思い出すこともなくなっていたある日、ハガキがきた。 前と同じ印刷された通知状であったが、発信地は名古屋ではなかった。
名古屋から千キロ以上北にある都市からであった。 A君はそこにある国立大学の医学部の教授になっていた。
ハガキの余白には、前と同じようにペンによる書き込みがあった。 度こそA君を訪ねて弟の話を聞き出してみたいと思った。
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ここまで書いてきて、私なりにこの問題に決着をつける必要があると考えた。 私は、まずA君に電話しようとして、ダイヤルに手を伸ばしたがその于を止めた。
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Tはなんでもない登りでは馬力のある男であったが、困難に直面するととたんに力が抜けて意志薄弱になる性格だった。 困難な雪稜や岩場で行動力を失いかけたことも何度かある。
無気力になったTの首根っ子をつかんで、やせ尾根の上まで引き上げたことも何度かあった。 結局、私は彼を山岳部から除籍にした。
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先頭が安全地帯へ抜けてしまい、二番目のTはロープで上から確保されていたにもかかわらず、突然、動けなくなった。 ブルーシック結びでロープを登る方法も、それを実行するための予備ロープの輪を持っているべきだということも、私がたたきこんでおいたのに。
Tは生き残った。 死んだのはTを助けるために、下から岩を登っていったNだった。
Nは優秀なクライマーだったが、Tのいるテラスの直下まで登ったとき、どうしたわけか墜落した。 落下距離はせいぜいI〇メートルだったのに、頭に陥没骨折を受けたNは、不運にも死んだ。
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